※高城未来研究所【Future Report】Vol.763(2026年1月30日)より

今週は、東京にいます。
新年から長く滞在したアーユルヴェーダ施設の食生活を経て思うのは、食材は「オーガニック」であることも大切なのでしょうが、なにより「鮮度」が重要だと実感します。そして、ガスや電気を使わず、すべて薪で作っていた調理法が、いかに体に良いのか、帰国したあとに痛感しています。
そんなおり、米国保健福祉省(HHS)から、あたらしいフードピラミッドが発表されました。
2026年1月7日、米国保健福祉省(HHS)とUSDAが共同で公表した「Dietary Guidelines for Americans 2025-2030」では、長年続いたMyPlate(皿のビジュアル)を廃止し、なんと1990年代のあの「フードピラミッド」を復活させつつ、大きく中身を逆転させた「New Food Pyramid」、通称「逆さピラミッド」または「Real Food Pyramid」と呼ばれるものが登場しました(https://www.dietaryguidelines.gov/)。
従来のピラミッドは、底辺(最も多く摂るべきもの)に穀物がどっしり鎮座し、上に行くほど脂肪や甘いものが少なくなる形で、低脂肪・高炭水化物が健康の王道だと信じられてきた時代を象徴するデザインでした。
しかし、今回の新バージョンは文字通り「逆さま」。上部(逆さピラミッドの底辺)に位置するのは肉・魚・卵などの動物性タンパク質と全脂肪の乳製品、そして野菜・果物。
そこから中段に健康的な脂肪(バター、ギー、オリーブオイル、アボカド、ナッツ類など)、さらに下部に全粒穀物が控えめに配置され、最下部(最小限にすべきもの)には添加糖、超加工食品、精製穀物、植物油(特に種子油)が小さくまとめられています。
新しいピラミッドは、これまでの「カロリー中心」「栄養素の比率重視」という考え方から大きく転換しています。
強調されていたのは“メタボリック・フレキシビリティ”、つまり代謝の可塑性で、人間が時間や環境、遺伝、心理状態などに応じて柔軟に代謝バランスを変えられるような食生活を整えるという考え方です。
これは長年の「食べすぎ・動かなさすぎ」批判を超えて、もっと精密な、生活全体への視点を求める指針です。朝に軽く、日中に豊かに、夜に控えるという時間軸での食のリズム。
腸内細菌を含めたマイクロバイオームとの相互作用。そして、加工度を限りなく下げる「リアルフード主義」とも言えます。
この変化の背景には、RFK Jr.(ロバート・F・ケネディ・ジュニア)が保健福祉長官に就任した影響が色濃く出ています。彼は長年、加工食品業界や製薬業界の影響を批判し、「食こそが本当の薬」と訴えてきました。
今回のガイドラインは「real food(本物の食べ物)」を最優先し、「食品ではなく薬を健康の基盤にする時代は終わり」と宣言する、まさにパラダイムシフトの象徴とも言えます。
僕自身、つい先日までアーユルヴェーダの施設で半月過ごした経験からも、この方向性に強く共感しています。施設では、毎朝5時に起きてギー(澄ましバター)、その後温かいキチリ(お粥のようなもの)を食べ、昼はたっぷりの新鮮な野菜と豆、夜は消化に優しい野菜スープ。
精製された砂糖はゼロ、精製された油も使わず、すべてが「新鮮で、まるごとの食材」でした。すると驚くほど体が軽くなり、朝の目覚めが劇的に変わり、腸の調子も安定するのです。
アーユルヴェーダ施設の医師は繰り返し話します。「消化できないものは毒になる。鮮度が落ちたものはプラーナ(生命エネルギー)が失われる」。
まさに新ピラミッドが推奨する「whole food」「nutrient-dense food」の考え方と重なります。
特に注目すべきは「全脂肪乳製品の積極推奨」と「飽和脂肪への戦争終結」という点です。従来は「低脂肪乳を飲め」「バターは控えめに」とされてきたのに、今や「1日3サービングの全脂肪乳製品を」と明記されています。
チーズ、ヨーグルト、生クリーム、発酵バターなどが堂々と奨励され、棚に並ぶ「低脂肪」「ノンオイル」「糖質オフ」表示の商品を見ると、あれほど宣伝されてきたものが、一夜にして「時代遅れ」扱いされてしまっています。
もちろん、この新ガイドラインへの批判もあります。ハーバード公衆衛生大学院などからは「科学的根拠が不十分」「飽和脂肪のリスクを軽視しすぎ」との声も上がっています。
心臓病予防の観点から長年低脂肪を推奨してきた専門家たちにとっては、受け入れがたい変化でしょうが、一方で、肥満や糖尿病、メタボリックシンドロームが爆発的に増えている現実を前に、「これまでのやり方ではダメだった」と認める声も少なくありません。
実際、アーユルヴェーダや伝統的な地中海式の食事パターンを見ても、質の高い脂肪とタンパク質をしっかり摂り、糖質は控えめという共通点があります。
日本に住む僕たちにとって興味深いのは、この変化が食文化にどう波及するかです。
米国が「ステーキとバターを食べよ」と方向転換すれば、品質の問題はあると思いますが、輸入牛肉や乳製品の需要が増える可能性は高い。
すでに一部の健康志向層では「ケト」や「動物性ベース」の食事が流行り始め、これがさらに加速するかもしれません。
これから数年、食のトレンドは大きく変わるでしょう。スーパーの棚から「低脂肪ヨーグルト」が減り、徐々に「グラスフェッドバター」や「A2ミルク」が増えると予測します。なにより大事なのは「加工された偽物の食べ物」ではなく「本物の食べ物」を選ぶ意識が広がることにあります。
そして、東京の街を歩きながら思うのは、アーユルヴェーダの施設で毎朝感じた「生きている食べ物」の感覚を、日常にどれだけ持ち込めるか、という難題です。
東京の高級と言われるスーパーマーケットに並ぶ野菜を見渡すと、「オーガニック」「有機JAS」というラベルが貼られたほうれん草は、確かに農薬は使われていないかもしれません。
しかし、もしそれが収穫されてから一週間が経過し、流通センターの冷蔵庫を経て、プラスチックの袋の中でさらに数日過ごしているとしたらどうでしょうか。
興味深いのは、近年のニュートリゲノミクス研究でも、同じ結論に近づいている点で、遺伝子解析とメタボローム解析の組み合わせによって、細胞レベルでの酸化ストレスやミトコンドリア代謝の変化が、食材の鮮度によって顕著に影響されることが観察されています。
冷凍ではなく、その日に収穫した野菜を摂取した群のほうが、免疫系のインターフェロン応答が穏やかで、ストレスホルモンの変動が緩やかになる。
つまり「静かな代謝」をつくる食が重要なのです。それを、アーユルヴェーダ的な表現で言えば「プラーナが満ちた食材」であり、言葉は違えど、科学と伝統が辿る道は次第に重なりつつあります。
おそらく、次の十年では近代栄養学が大きく変わると予測します。
とはいえ都市で暮らす人たちにとって、毎回、畑から野菜を収穫して料理するわけにもいきません。
ではどうすれば鮮度を都市の中で保てるのか。
一つの答えは、サプライチェーンの「透明性」と「短縮化」にあると思います。
近年、スペインやイタリアの「キロメートルセロ」運動や世界の一部レストランでは「24時間以内サプライ」というネットワークを構築し、近郊の農家と直結しています。朝に収穫した野菜や卵が、その日の夜にテーブルへ届く。
スマートロジスティクスやリアルタイムトラッキング、さらにはAIによる需要予測が、食の時間を短くする仕組みを整え始めています。つまりは、食の問題が、単なるライフスタイルではなく、もはやデジタル・インフラの一部になる。
こうした新しい試みは、単にサステナブルというだけでなく、本来市場が機能していた時代の「鮮度が味を左右する」という考えを取り戻す運動にもなっているのです。
米国がピラミッドを逆さにひっくり返したように、日本も自分たちの食の常識を、もう一度ひっくり返してみる時期なのかもしれません。
僕たちは、便利さと引き換えに「鮮度」という最も贅沢な栄養素を犠牲にするシステムの中で、間違いなく生きています。
それを思い出す今週です。
高城未来研究所「Future Report」
Vol.763 2026年1月30日発行
■目次
1. 近況
2. 世界の俯瞰図
3. デュアルライフ、ハイパーノマドのススメ
4. 「病」との対話
5. 大ビジュアルコミュニケーション時代を生き抜く方法
6. Q&Aコーナー
7. 連載のお知らせ
高城未来研究所は、近未来を読み解く総合研究所です。実際に海外を飛び回って現場を見てまわる僕を中心に、世界情勢や経済だけではなく、移住や海外就職のプロフェッショナルなど、多岐にわたる多くの研究員が、企業と個人を顧客に未来を個別にコンサルティングをしていきます。毎週お届けする「FutureReport」は、この研究所の定期レポートで、今後世界はどのように変わっていくのか、そして、何に気をつけ、何をしなくてはいけないのか、をマスでは発言できない私見と俯瞰的視座をあわせてお届けします。
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